2011.01.24

雑想 : BBCがコメディ番組で原爆被害者を笑いの種に...番組全容は?

BBCがコメディ番組で原爆被害者を笑いの種にしたという話、TVの報道で知ったときはけしからんと思ったけれども、そのコメディ番組の内容の全容はこうだったらしい:

笑いのネタとしての落とし所は、「原爆投下の翌日も広島では鉄道が動いていたんだって」「それに引き換え我が国の鉄道と来たら...」という自虐ネタになってるわけですな。イギリス人は自虐ネタが大好きらしいです。ただ、この辺は正直どうでも良い。

大切なのは、この番組が、決して単純に原爆被害者を笑いの種にしているわけではなく、「何が幸せで、何が不幸せか」という難しい命題についての問題提起に繋げているということ。

「えーと、この人は見方によって、最も不運とも最も幸運とも言えるんだ」「2010年1月に93歳で亡くなっているんだけど。ずいぶん長生きだったから、それほど不運だったとも言えないね」という前置きがあったからこそ、笑いの種にもなり得るわけで、これは実のところ、かなり慎重に構成されていると思う。

二度も原爆に被爆するというのは、想像を絶する不幸に違いない。しかしそんな不幸に遭いながらも、93歳までもの長い人生を陽気に生きた。

この番組では、コメディという形でこれらの事実を紹介し、「何が幸せで、何が不幸せか」と視聴者に問いかけている。番組としての結論は出されない。ただ、問いかけている。

全容を知ってみると、ひとつの問題提起の形として、これも有りなんじゃないかと思いました。

想像を絶する不幸に遭った人に対し、その人生は不幸で可哀想だったね、と安易に同情してしまうのは簡単だろう。でもこれでは、その人生を否定してしまっているようでどうかという気がするし、何より、そこで考えるのを止めてしまうんじゃないかと。

それよりは、この番組のやり方はよっぽどまともなんじゃないか、そんな気がします。

想像を絶する不幸に遭いながらも生き延び、93歳までもの長い人生を陽気に生きた。その力強さを讃えるひとつの形として、こういう笑いもあってもいいかもしれない。そんな気がします。

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コメント(1)

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ


この歌では、しゃぼん玉は子供の命の象徴。
たとえ子供を早くに失っても、また子を産み、育てていこう。
そういう、とても悲しく、そして力強い歌詞。
そして、そのメロディは明るく軽やか。

BBCのこの番組は、どこかこの歌に近いのかも、と思ってみたり。