2011.07.15

雑想 : 過剰な照明と、明るすぎる液晶テレビ

エアコンの設定温度を2℃上げるより、テレビを消す方が4倍も省エネ効果がある、という話が。

液晶といえば省エネのはずなのに、そういえば今時のテレビの消費電力って結構大きいよなぁ。このことを改めて思ってみてまずびっくり。何故こんなに消費電力が大きいかというと、液晶そのものは電力をあまり食わないけど、バックライトの消費電力が大きいからですね。そして、バックライトを暗めにすることで節電になるわけですが、

なんと、バックライトを控えめにするだけで、消費電力が実測で半分以下に! いやー、こんなに激変するとはびっくりです。

ちなみに、我が家ではこれはずっとやってきたことです。何故なら、

  1. 夜間の明るい室内照明は体内時計を乱す原因となるため、健康に良く無い。
  2. 夜間照明を150ルクス以下に抑えると、体内時計への影響が少ないらしい。これは、結構薄暗く感じる程度の明るさ。
  3. 暗めの室内照明で明るい画面を見ると、眩しくて目が疲れる。よって、テレビの輝度はいつも必要最小限に調整。

してるからですね。節電を狙ってそうしてるわけでも無いんです。快適を求めたら、結果的に節電にも繋がってたという。

なお、輝度やバックライトを単純に下げてしまうと、映像の暗部の階調が潰れてしまうこともありますので、私の場合、参考映像を見ながらコントラストや黒レベルといった各種パラメータを慎重に調整し、全体としての輝度は下げつつも、画質は維持するように調整してます。

(※加えて言うと、我が家のテレビの場合、出荷時設定ではコントラストが極端に高く、明るい部分は白飛びしてしまっており、とても綺麗とは呼べないような酷い設定でした)

なお、バックライトが暗いと、昼間など、部屋が明るくなった状態ではやはり画面は見辛くなります。それにうまく対応するため、多くのテレビには部屋の明るさに応じてバックライトを自動調節する「明るさセンサー」機能が付いていると思いますので、それを使うとよいでしょう。

ただ、一番節電が必要なのは昼間なので、その昼間に消費電力を高めてしまうような設定はいかがなものか、というジレンマもあります。カーテンを使って部屋を薄暗くする、のが良いのかな? カーテンにはエアコンの効率を高める効果もありますので、一石二鳥ですね。

テレビの画質調整はこだわろうとすると設定がめちゃくちゃ細分化されてて大変ですが、その中で自分なりの最適設定を見つけよう、という過程はなかなか面白くて楽しめますよ。

また、暗めに調整すれば節電になるのは、PCモニタについても同様です。リビングはやや薄暗い程度の照明ですが、私の部屋の場合、普段使ってる照明は12Wの小型蛍光灯1個だけ。この照明はキーボードの真上に設置してあり、手元だけを必要十分かつ必要最小限の明るさで照らし、部屋全体としては普通に眠れる暗さですね。慣れちゃうと、この程度の照明がとても心地良い。

けど、この明るさだと、PCモニタの輝度を最低まで落としてもちょっと画面が眩しく感じます。12W1個はさすがにやりすぎなのかも(^^;

そもそも日本の照明は明るすぎる!?

テレビの出荷時設定が明るいのは、明るい屋内照明に合わせた設定でしょう。

ところで、日本の屋内照明は、諸外国に比べてかなり明るい傾向があり、むしろ明るすぎるぐらいだ、という話もあります。コンビニなんか、震災前には1000ルクスもあった。これが震災後に半減してると仮定しても、500ルクス。震災後の照明ですらまだ明るすぎるぐらいなのかも。

では、なぜ日本人はこうも明るい照明を好むのでしょうか。これは、私の勝手な妄想では、第二次世界大戦中に真っ暗闇を強いられたことにより、明るさへの憧れが生まれ、「明るいナショナル」といった誰でも知るコピーが生まれ、そして今に至る、と思ってます。しかし、これはそろそろ捨て去りたいところ。

でも、戦争中に暗闇を強要されたのはヨーロッパも同様ですなぁ。しかしヨーロッパ人は今でも薄暗い照明を好んでいる。

日本では長い鎖国の後に、明治の文明開化で欧米から色々なものが入ってきて、その中でも電灯が持つ明るさはその象徴だった、という要素も。で、欧米に追いつけ追い越せの風潮の中で電灯が普及し、むしろ過剰になっていった。今でも欧米に対し少なからずコンプレックスを抱いている日本人にとっては、今でもその延長で照明を使ってるのかもしれない、のかな。

この要素を踏まえると、戦中の真っ暗闇の意味合いが、日本とヨーロッパでは違うことも見えてきますね。ロウソクから電灯に変わってもさらなる明るさは求めず、ロウソクの延長線上で電灯を使ってたヨーロッパの人々は、戦中真っ暗闇でも戦後は元に戻るだけだった。これに対し、文明開化の象徴として普及してきた電灯を戦中に一度失った日本人には、戦後にはさらなる明るさへの憧れが生まれた、と。私の勝手な妄想ですけどね。

眼の色の違い、という要素もある。黒目の日本人と違い、眼の色素が薄い欧米人は明るさを嫌う傾向がある、と。しかし、日本においても、長い歴史の中では夜が明るくなったのは明治以降、特に二次大戦戦後の話。花鳥風月を愛する日本人なので、それ以前は、薄暗さをむしろ風流に思うような風潮もあったわけで、眼の色の違いという要素は必ずしも大きくない気もする。

また、暗い場所で勉強したり本を読んだりするのは視力の悪化に繋がる、という考え方が広く知られていることもあるかもしれません。しかし、これはどうやら都市伝説の類の模様です。

つまりは、必要充分な範囲内で、必要最小限の照明が、健康にも良く省エネにも繋がるわけです。

欧米流の照明設計

写真を1枚紹介しておきます。

欧米流の照明設計の一例ですが、部屋全体の照明は暗めに、手元だけを局所照明で明るめにしています。合理的だし、何とも落ち着いていて綺麗じゃないですか。日本流の、とにかく全体を明るく、という照明方式が、いかに無駄が多くダサいかがわかります。

防犯の問題もありますので暗すぎるのも問題だと思いますが、(特に震災前は) 日本の照明はやはり過剰な傾向にあると思います。だからといって、単純に暗くすれば良い、という話でも無い。暗めの照明をうまく使うには、部屋全体を明るくするやり方とはまた違った考え方が必要でしょう。照明の使い方に対する考えそのものをまず改めて、賢い照明のあり方を探していきたいものです。

慣れてみないとわからない快適さ、というのがあると思います。快適さを追い求めることは、必ずしも、あなたが今思っている快適さの方向性を追い求めることでは無いと思います。あなたは今、明るいほうが快適、と思っているかもしれませんが、しばらく暗めの照明を使ってみて、それに慣れてみると、こちらの方が良い、と思えてくるかもしれませんね。

明るすぎる照明は、健康上好ましくはなく、省エネの観点からも好ましくなく、夜空を無駄に明るくし、星の光をかき消す。

照明の問題を考えると、「もののけ姫」が頭に浮かびます。夜の暗さを打ち倒すかのような、明るい日本の夜間照明。「もののけ姫」では鉄や銃が自然への畏怖を打ち消した。鉄や銃を電灯に置き換えると、照明の問題もまた「もののけ姫」が提起している問題。過剰な都市照明が山中の夜空まで明るくしていては、デイダラボッチは出てこれない。

Categories: その他 / 雑想

Category: 雑想

Trackbacks

Trackback URL:

コメント(1)

この保存したばかりの私のお尻が、私はあなたを愛して!

時計 コピー