2011.10.17

雑想 : インディカー・シリーズ2011年最終戦で死亡事故

日本時間10/17(日)午前4:45からラスベガス・モータースピードウェイ (1.5マイル Dシェイプ ハイバンク オーバルコース) で行なわれた、2011年インディカー・シリーズ最終戦には、何と34台が出走。2.5マイルのオーバルコースであるインディアナポリス・モータースピードウェイで開催されているインディ500には例年33台が出走するが、1.5マイルのオーバルコースで今回のような多数台が出走するのは異例のことだった。

アメリカにおいてはカーレースの人気はNASCARが圧倒的で、インディカー・シリーズは集客では苦戦していた。そんな中で、シリーズ中盤に行なわれる、シリーズを代表するレース、インディ500以外にもうひとつ目玉が欲しい、という意図から、今回のラスベガス戦が生まれていた。

このラスベガスのオーバルコースはバンク (コースの傾斜角) が大きいため、コーナーに入ってもほとんど減速せずに走れ、しかも3~4台が横に並んだ状態でも走行可能だった。レース開始後、トップ勢は220マイル/時程度の走行速度だったが、多数台同時走行が生み出す強力なドラフティング効果により、下位勢の空気抵抗が減り走行速度は上昇、下位では225マイル/時程度の走行速度を出す車も居た。km/hに直すと、360 km/h 強である。

上位勢より下位勢が速いゆえの当然の結果として、前後間隔は詰まり、走行台数も多いために、常に2~4台が並んで走行するという状況となった。このラスベガスのオーバルコースでインディカーがレースをしたのは10年ぶりぐらいだったらしいが、事故後、今回の出走ドライバーの一人で、今年のシリーズ・チャンピオンを獲得したダリオ・フランキッティはこう指摘している。

このコースはインディーカー・レースに向いていない。誰もが集団の中でスタックし、動きが取れなくなってしまう。それはエンジンの差でも、マシンの差でも、ドライバーのテクニックの差でもない。僕はハードにレースを戦うことは大好きだが、コレはちょっと違うと思う (ジャック・アマノのINDYCARレポートより)

そして事故は12週目に起きた。中団グループの1台がコントロールを失い、そこにもう1台が追突。これに誘発されて後続でも同様の事故がもう1件発生し、中団以降の車は次々と巻き込まれ、出走車の半数近い15台もが絡むという大事故となった。つまりは、中団以下はほとんど全滅に近い。中には、前車への追突により空中に跳ね上げられたマシンが3台もあった。オープンホイールのフォーミュラカーであるインディカーでは、300 km/h 超で前車の後輪に乗りあげてしまうと、簡単に宙を舞ってしまう。

しかしこんな大事故であっても、幸いにも、ほとんどのドライバーは軽傷、あるいは無傷で済んだ。1911年から続くインディカーの歴史の中では死亡事故が繰り返されてきており、それに伴い、車、コースの両面で、安全対策が強化されてきた結果である。今でも宙を舞うことはあるとはいえ、それは以前と比べればずっと少なくなっていたし、レース中の死亡事故も何年も発生していなかった。

しかし、ほぼ最後尾からほとんど減速できないまま前車に突っ込んだダン・ウェルドンは、宙を舞いながらロール方向にスピン (よくあるスピンのように上下を軸として横にスピンするのではなく、前後を軸としてきりもみ回転するスピン) し、車の上面からウォールに突っ込む形となった。車は衝撃を吸収する特殊壁「SAFERバリア」を乗り越えてキャッチフェンスに衝突。さらに、SAFERバリアに逆さまに落下した後にコースに上下正しい形で落ち、傾斜のある路面を下の方まで滑り降りていった。原型を留めないほど大破したマシンからの救出には時間が掛かり、ヘリコプターで病院に緊急搬送されたが、約2時間後、残念ながら死亡が発表された。1978年生まれで、33歳という若さだった。

今回の事故では、ダン・ウェルドンの他にも3名のドライバーが病院に搬送されているが、幸いにもいずれも意識はあり、怪我の程度も重くはない。

事故の映像を見ると、ダン・ウェルドン車以外にも大破した車が複数ある。にも関わらず他の皆が軽傷で済んだのは、むしろ車が大破したから、という面があるのだろう。というのも、最近のレース車は、壊れても人命には関わらない部分はあえてやや壊れ易くしてあり、それが壊れることによって事故の衝撃を緩和するという設計で作られているのだ。そして、人命に関わるコクピット周辺だけは特に頑丈に作ってある。この考え方は一般車にも導入されており、壊れることで衝撃を吸収する部分をクラッシャブルゾーン、頑丈に作ってある乗員周辺の部分をセーフティゾーン (サバイバルゾーン) と呼ぶ。

しかしダン・ウェルドン車の場合は、壊れてはいけない部分が壊れてしまった。フォーミューラーカーには必ず、座席後部に突起状の構造物がある。この部分は、上部からの衝撃からドライバーを守る役割があり、ロールフープと言うらしい。もちろん、頑丈に作ってある部分なのだろうが、今回の事故では、この部分がキャッチフェンスに当たった際に破壊され、それに続いて、ドライバーのヘルメットがキャッチフェンスの支柱で強打されたらしい。キャチフェンスは、車が客席の飛び込むのを避けるための最後の砦であり、衝撃を緩和してドライバーを守るという作りにはなっていないので、ここへの衝突は、角度が悪ければ当然、致命傷となる。

ダン・ウェルドンは、オーバルレースを得意とするドライバーで、ツインリンクもてぎのオーバルコースで開催されてきたインディジャパンでは過去に2度、インディ500では2005年と2011年の2度勝利しているなど、全部で16の勝利を勝ち取ってきた。2005年はシリーズ・チャンピオンをも獲得している。今年は残念ながらレギュラーシートを失っていた (たとえ強さのある人気ドライバーであっても、スポンサー等の状況に恵まれなければシートを失う厳しい世界) ため、インディ500における今年の勝利は、なんと小規模チームからのスポット参戦で勝ち取った勝利だった。

レギュラーシートを失っていた今年のダン・ウェルドンは、インディ500での劇的な勝利の他、レースレポーターとしても陽気な笑顔をふりまきながらパドック内をダッシュして各ドライバーにインタビューして大活躍。この他に、来年から用いられるインディカーの新型シャーシのテストドライバーも務めていた。この新型シャーシでは、リアタイアの後方にカバーが設けられており、前車の後輪に乗り上げて宙を舞う、という事故がより起こりにくくすることを狙った設計だった。つまりは、この新型に比べて事故のリスクが大きい旧型シャーシを用いるレースは、今回が最後だった。

そして今回、オーバルが得意なはずのダンが最後尾近くに居たのは、最後尾からスタートして勝利すれば、500万ドルの賞金が与えられ、それを選ばれた1人のファンと山分けする、という特別企画によるものだった。

この事故を受けて、レースは中止が決定され、ダン・ウェルドン追悼のために5周の追悼走行が行なわれた後、幕を閉じた。この追悼走行では、BGMとして次の2曲が用いられた。「ダニー・ボーイ」と「アメイジング・グレイス」である。「ダニー・ボーイ」は、戦地へ赴く兵士を送り出す曲として知られる。「アメイジング・グレイス」は、アメリカに連れてこられた黒人奴隷たちの間で歌われた黒人霊歌のひとつだ。戦争に奴隷、どちらもアメリカの暗部と深く関係した曲と言えるだろう。

この2曲は組み合わせて用いられる場面が多いとは思うが、個人的にこの2曲を聞くと思い出されるのが、戦争映画「メンフィス・ベル」である。

第二次世界大戦において、アメリカの重爆撃機隊は、イギリスから発進してドイツ上空まで進入し、ドイツの工場に対する昼間精密爆撃を敢行していた。当初はアメリカにはこの長距離爆撃に随伴できるほどの航続距離を備えた戦闘機が無かったため、護衛なしでのきわめて危険な任務であった。この危険な任務を25回こなして帰還すれば、アメリカに帰国できることになっていた。しかしアメリカが誇った、きわめて頑丈な機体と強力な防御砲火を持つ重爆撃機、空の要塞 B-17 フライング・フォートレスをもってしても、これは容易なことではなく、酷いときには1回の出撃で10%を超える損失を出すことさえあったという。

この B-17 の戦いを題材にした映画が「メンフィス・ベル」であり、この劇中では「ダニー・ボーイ」と「アメイジング・グレイス」の2曲がとても印象的に用いられていた。

この2曲によって、俺の中で結び付けられた、レースと戦争という、異なる2つの行為。どちらも命懸けの行為である。レースドライバー達が命を懸けて戦うのは、同じ命を懸けるなら戦争なんかよりもっと楽しいことに懸けようぜ、と言っているのかもしれない、と考えてみたりした。

もうひとつ、このような事故を受けて忘れてはならないことがある。それは、生きるのが命懸けではない人は、誰一人居ないということだ。レースで走る、というのは、私を含め多くの人には無縁の世界である。しかし、普段の生活の中で通る、慣れた通勤通学路にも、必ず事故のリスクがある。徒歩、自転車、車など、移動手段を問わず。その危険性はレースほど高いわけではないとはいえ、レース中の事故であれ、普段の生活の中の事故であれ、人が怪我をしたり死亡したりするという点には違いなど無い。この点も、レースドライバー達がその戦いを通じて伝えたいことの一つかもしれない。

こういった事故があると、「モータースポーツは」という冠を付けて、事故と隣り合わせ、という形の文句が続く。しかし、「モータースポーツは」という冠を付けた時点で、そこには「レースドライバーではない俺にはこういうことは起こらない」という意識が潜んでいるかも知れず、事故のことを本当に真剣には受け入れていないのかもしれない。実際のところ、危険は、日常の中にも、いつどこにだってあるのだ。

私は、これまでに2回交通事故の被害者になっている。幸いにも2回とも軽傷で済んでいる。思えば、私が軽自動車で信号待ち中にトラックにモロに突っ込まれても軽傷で済んだのは、レースドライバー達のおかげかもしれない。一般車の衝突安全性の向上は、レース車の衝突安全性の向上の研究と無縁では無いのだろうから。

日本では、2人に1人はその生涯で1回は交通事故に遭うという統計になるらしい。その中では死亡事故の割合は少ないのかもしれない。しかし、それは結果として死亡には至らなかった、というだけで、たとえ小さな事故にだって、一歩間違えれば死亡に繋がる可能性があったものが多くあるのではないだろうか。死亡事故とは、誰もが無縁ではなく、現実的なリスクであると言えるだろう。

この事実を一人ひとりが再認識し、日々の生活の中での安全対策に努めていくことが、今回亡くなったダン・ウェルドンに対する最大の追悼なのではないかと、私は思う。

もちろんこれは、レース中の事故のニュースに限った話ではない。一般道での一般人同士の事故のニュースについても、そこから何か教訓を見つけて、各自の生活の中での安全対策に、実際に活かしていく。それが犠牲者への真の追悼なのではないだろうか。

世界は平和では無いし、今現在もあちこちで戦いが行なわれ、命が失われている。そんな中で、日常生活の中での一般的なリスクにさえ充分に気を付けていれば、自分の命を守っていける、というのは、とても恵まれたことなのだろう。なら、そこに命を懸けて、各自が安全対策を考えていくのが、恵まれた状況下で生きている我々の努めだと思う。

今回の事故の映像は、ここでは紹介しないが、最後に、ダン・ウェルドンにとっての最後の勝利となった、2011年インディ500のハイライト映像を紹介しておきたい。最終周のターン4でウォールに激突し、そのままゴールに滑り込んだ車が、今年がデビューイヤーだったJRヒルデブランド。クラッシュしてゴールに滑り込む途中のその車を抜いて劇的な逆転勝利を飾ったのが、ダン・ウェルドン。

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Category: 雑想

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