雑想: 2010年
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2010.12.23

サンタクロースは存在する

サンタは存在するか。一般的には居ない、という考えが主流。でも私はある意味では確かに存在すると思ってる。公認サンタが居るから、という理由ではない。サンタクロースの伝説が、クリスマスにプレゼントを渡す習慣を産んでいるなら、サンタがプレゼントを配ってるのと同じこと。

サンタが空を飛んでプレゼントを配る、というのは、子供のための伝説に過ぎないけど、このサンタの伝説が、人々にプレゼントを渡すという気持ちを植えつけているのは紛れもない真実。このように人の心を動かす存在は、一種の実在じゃないかな。同様に、神も仏も確かに存在する。

一昔前に流行った哲学の入門小説「ソフィーの世界」の締めがそういう話だったんだよね。物語の中の登場人物たちが、現実世界に飛び出て、現実世界に影響を与えちゃうという。架空の存在と、物理的存在。その違いって、実は小さいのかも。同様に、死者と生者との違いも。

生きている人以上に、人の行動に大きな影響を与えている死者というのは、普通に存在している。死者本人にとっての命は終わってるかもしれないが、他の人から見たその人の命というのには、終わりがない。久々に初代「ヤマト」のTVアニメ版通して見たら、そんな話もあった。

2010.09.20

釣り : のとじま水族館&海釣りセンター

のとじま水族館と、それに併設されている海釣りセンターに行ってきました。

富山県高岡市の我が家からは、車で片道1時間半の距離。今日はたまたま「ツール・ド・のと」というサイクリング大会の開催日で、道中では対向車線に何百台もの自転車が列をなして走行していました。長距離を長時間占有するわけにもいかないため、一般車両も走る中でしたので、一般車両にとってはいい迷惑ですし、自転車を追い越そうとする車とこちらの車がすれ違う際は、少々危なっかしくも思えました。そんな中ですので、大会参加者は当然、全員がしっかりヘルメット着用。こういう姿を見て、普段から普通に自転車を乗る際でもヘルメットを着用する人が増えると良いですね。

自転車の死亡事故は多いですが、その中では、ヘルメットを着用していれば助かったかもしれない例も多いと思います。自転車に乗る際は、ヘルメットを着用しないのが当たり前、という悪しき常識が、人を殺しています。そういう悪しき常識に安易に従ってしまっている人たちは、ある意味では皆、人殺しと言えるのかもしれませんね。そういう悪しき常識に従っている人たち一人一人が、その常識を常識のまま維持することに協力しているわけですから。

普段でも、自転車通学中の中学生とかは、校則で義務付けられていることもあって、ほぼ全員がちゃんとヘルメットを着用しています。安全上必要だからそうしているわけですし、そうできています。一部には、私服の際もちゃんとヘルメットを着用している中学生も見かけますね。しかし、それは中学生だけです。中学を卒業すると着用しなくなる人がほぼ全員だと思いますが、中学を卒業したからといって必要無くなるものではないでしょう。むしろ、大人が率先して着用すべき。中学生でもできること。大人もできて当然ですし、やるべきことです。でも、自転車で巡回中のおまわりさんすら着用していませんよね。本当、おかしいですよ。この国は、おまわりさんまで人殺しの一味なんでしょうかね。

少々毒の多い話になってしまいましたが、私は言い過ぎだとは全く思いません。ヘルメットを着用する、この程度のことで守れる命が少なからずあるのに、そうしない人があまりに多いのが不思議かつ悲しくて。髪型が崩れるのが嫌、というのがその理由の一つらしいですが・・・頭悪すぎる。だからつまんない事故で死んでしまうわけですよ。そういう事故死に、同情の余地はありません。ですので、安易に同情してはいけないと考えています。

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話を戻します。能登島の海といえばこんな風景。静かな海に、釣り用の筏が浮かんでいます。写真に写っている筏は2つだけですが、同様の筏は各所にいっぱいありました。いずれ一度は行ってみたいな。

さて、のとじま水族館は去る今年8月20日に新しい目玉施設がオープンしたばかりで、入館後最初に入るのが、その施設になっていました。

のとじま水族館&海釣りセンター

2010.09.04

釣り : 富山市で釣り人が落水して死亡

富山県内で今朝、釣り人の落水死亡事故があった。現場は富山市水橋の白岩川河口右岸の防波堤。行ったことはないけど、写真で見る限りでは足場が良いように見える。

足場の良い場所でも死亡事故は多い。堤防って、落ちると簡単には登れない。足場の良い場所でもライフジャケットを。単独釣行の場合は特に。最近釣れないからか、自分以外は他に誰も居ないってことも多いし。

私は常時着用してますよ。安全対策というだけでなく、ポケットに色々突っ込んでるから、無いと不便だったりも。ゴツい奴なんで夏場は暑いけど、炎天下だと日光を遮断することもあってか、思った程でもない。

ただ、ライジャケがあれば必ず助かるわけではない。荒れた磯で落水して、必死で這い上がろうとして、手がボロボロになったあげく力尽きて死んでしまった、なんて事故も聞く。

私は磯には行かないけどテトラには乗る。落水したならともかく、テトラの間に転げ落ちたら、身動きできないかもね。電話もできないかも。それでもテトラでの釣りはやめられない。まーどっか頭おかしいんだろう。俺も。

ノーヘルメットで自転車に乗るという大罪

ヘルメットさえあれば助かったかも知れない自転車事故死は多いが、ヘルメットを被らずに自転車に乗る全ての馬鹿は、それらの死に対し責任がある。周りがヘルメットを被らない馬鹿ばかりだから、それに合わせてしまう馬鹿もまた多い。あなたのその行動も、周囲に影響を与えている。

ヘルメットを被らずに自転車に乗る人がほとんどだから、ヘルメットを被らずに事故で死んでも、死んだ奴は何も悪くない。そう強く主張していたキチガイが居た。こういう人は本当に救えないと思う。救えないとは、文字通り、自分の命を守る力がない人という意味。

スクーターではヘルメットを被るのは当然だが、自転車とスクーターでは走行速度に大差は無いのでは? たとえ自損事故でも、大怪我や時には死に至るのが自転車という乗り物。ヘルメットがあれば必ず助かるというわけではないものの、ヘルメットぐらい被って欲しい。

自転車に乗る際にヘルメットを被らないというのは、命を粗末にするという大罪だと思うね。それが普通であってはいけないと思うけど、みんなきっと頭がおかしいんだろうね。

自転車に乗る際にヘルメットを被らない親が、自分の子供に対しノーヘルで自転車にのることを普通に許してしまった結果、子供がヘルメットさえあれば助かったかも知れない自転車事故で死んでしまった。よくあること。ヘルメットを被らない人は誰もがその親の立場になり得る。

自転車にヘルメットは、法律で義務化すべきかも知れないが、現実的に言って無理だろう。警察の対応能力を超過してしまうので。各自の判断で、自らの命を、自分の子供の命を、守るために行動して欲しい。

今でも覚えてるなぁ。中学時代、女生徒が自転車で交通事故に遭ったけど、ヘルメットのおかげで九死に一生を得たという話。ヘルメットを被らずに死んだ馬鹿の話なんかより、ヘルメットのおかげで助かったという話をニュースで流すようにすれば、ヘルメットの普及率も高まるのかも。

2010.08.27

議論ができない日本人

先日 mixi で交通安全への考え方を巡って口論になったが、議論らしい議論にはならなかった。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1551892522&owner_id=27477668

この件が未だにモヤモヤしている。

日本人って、議論ができない馬鹿が多いんだな、とつくづく思う。議論することって、相手を論破して打ち負かすことだ、と勘違いしてるんだろうね。

議論ができない日本人

2010.07.14

ヘルメット被れよ!

傷害:遊歩道にロープ 自転車の女子高生、転倒し重傷--千葉・印西

こういういたずらは許せないが、ヘルメットを被ってなかったせいで被害が大きくなったという側面も大きい。

自分は夜間道を歩いていた際、障害物が見えずに思いっきりつまずいてコケたことがある。特に怪我はなかったが、自転車だったら大怪我したり死んでた可能性すらあるだろう。自転車での転倒による大怪我や死亡事故は普通にある。普通にあるからあまりニュースにならないが。

だからね、ヘルメットぐらい普通に被ろうよ。自転車が怖い乗り物であるという認識がない馬鹿が日本には多すぎる。今回の女子高生も含めて。ヘルメット被らずに自転車乗るなんて、自分の感覚では自殺志願ぐらいに思えてしまう。

まずは大人が率先して被っていこう。それが当たり前である社会を少しづつ作っていくべきだ。本当は法律で義務化すべきなんだろうが、それが難しいというのが実に悲しい。生徒の命を預かる立場にある中学教師の友人にその話をしたことがあるが、あまり関心がないようであったし、本人もヘルメットは被りたくないらしい。なんとも情けない。

ちなみに私は自転車には一切乗りません。中学時代は片道2.5km、高校時代は片道4kmを徒歩で通学してましたよ。寝坊が多かったので朝は走ってたことの方が多かったかな(^^; 自転車が恐ろしい乗り物である以上、正しい選択だったと思います。

道を歩いたり走ったりする以上は、乗り物を使っても使わなくても事故の危険は常にありますが、しかしやはり徒歩が一番安全であると私は思っています。

実際のところ、少々の不便を我慢すれば、自転車も自動車も使わなくても良い場面は多いのですよ。どっちも怖い乗り物なので、使用は必要最小限にしていきたいものです。

2010.05.29

アンパンマンは実在する!

アンパンマン・マーチのフルバージョン。まずはぜひこれを通して聞いてみて欲しい。これは決して子供向けの歌ではない。作詩家でありアンパンマンの作者でもあるやなせたかしさんは自身も戦地に赴いた身であるし、弟さんは特攻隊として戦死されたという。そういう体験を背景に生み出されたのが、このアンパンマン・マーチだ。アンパンマン・マーチに使われている言葉は全て、やなせたかしさんとその弟さんとの間で交わされたものだったという。

そう思うとこの映像も、なんとも恐ろしいものがある。この映像には花火が多用されている。花火は美しいものではあるが、それだけではない。花火はいわば戦火の象徴であり、戦争を忘れないという、鎮魂の意味が込められている。日本各地で夏に開催される華やかな花火大会の多くには、二次大戦での戦死者への慰霊という目的があるのだ。

この映像では、花火の中を編隊を組んで飛ぶアンパンマン達の姿が、対空砲火をかいくぐって飛ぶ軍用機の姿とかぶる。しかし、戦争では軍用機は命を賭して爆弾を運んだが、アンパンマンは食料を運んでいる。たとえ食料を与えた結果、自身が危機に陥ることになっても。

アンパンマンに込められた平和への願い。「食足世平」という言葉が連想される。これは、

アンパンマンは実在する!

2010.03.23

「千の風」問題に見る Twitter の怖さ・・・

数日前、Twitter 上に以下のような文がパッと広まった。

新井満『千の風になって』の背後には、こんなことがあったのか。本当なら許されないことだよなあ。http://blog.greetings.jp/?eid=98

軽く調べてみた限りでは、どうも 館 淳一 (@jun1_tate) 氏の発言 (※この人物の職業柄、背景画像が凄いので注意!) を、いしかわじゅん (@ishikawajun) 氏がRT (再送信) した結果、パッと広まったようだ。(3/24追記) ジャーナリストの佐々木俊尚 (@sasakitoshinao) 氏なんかも、南風椎氏に同調的と解釈できるコメントと共に、この連鎖に加わっている。(3/24追記はここまで)

この Twitter 上でパッと広まったつぶやきのリンク先のブログ記事の内容は、個人的には、中立性を全く欠いた愚文であると思っている。私が考える主な問題点は、以下の3点だ:

「千の風」問題に見る Twitter の怖さ・・・

2010.03.12

「千の風」問題。新井満氏は酷いが南風椎氏の主張もまた変...

Twitter でも話題にのぼっていたが、「千の風」の翻訳をめぐって、南風椎氏が新井満氏を叫弾している。南風椎氏は、英語詩 "Do not stand at my grave and weep" (もしくは "A thousand winds") を、『1000の風』という邦題で初めて日本語訳し、書籍化した方だ。この詩が書籍化されたのは、南風椎氏のものが日本初というだけでなくおそらく世界初なのだという。

"Do not stand at my grave and weep" の翻訳としては後発である新井満氏の『千の風になって』が有名だけど、新井満氏の訳は一種の超訳であり、対する南風椎氏のものは出来る限り素直な直訳という形になっている。

このように原詩が同じでも翻訳形態がまるっきり異なるわけだが、南風椎氏が言うには、新井満氏の翻訳は南風椎氏の翻訳のパクリなのだという・・・。

南風椎の「森の日記」より:

「1000の風」が「千の風」になっているだけ。あとは、ぼくの訳詩の言葉の順番を変えたり、省略したりしているだけの詩に思えた。

私は当ブログで『「千の風になって」原詩の原詩 (A hidden message in Do not stand at my grave and weep)』として、"Do not stand at my grave and weep" の作者と言われているメアリー・フライさんのバージョンを紹介させて頂いていることもあり、この件に関してコメントさせて頂きたいと思う。

ちなみに、メアリー・フライさんのバージョンを紹介している国内ウェブページとしてはオーママミアさんの『「千の風になって」の詩の原作者について』がおそらく最も知られている思われ、公開時期も私の記事より先行している。

新井満『千の風になって』は南風椎『1000の風』のパクリ!?

「千の風」問題。新井満氏は酷いが南風椎氏の主張もまた変...