雑想 (Philosophy): 2010年
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2010.07.14

ヘルメット被れよ!

傷害:遊歩道にロープ 自転車の女子高生、転倒し重傷--千葉・印西

こういういたずらは許せないが、ヘルメットを被ってなかったせいで被害が大きくなったという側面も大きい。

自分は夜間道を歩いていた際、障害物が見えずに思いっきりつまずいてコケたことがある。特に怪我はなかったが、自転車だったら大怪我したり死んでた可能性すらあるだろう。自転車での転倒による大怪我や死亡事故は普通にある。普通にあるからあまりニュースにならないが。

だからね、ヘルメットぐらい普通に被ろうよ。自転車が怖い乗り物であるという認識がない馬鹿が日本には多すぎる。今回の女子高生も含めて。ヘルメット被らずに自転車乗るなんて、自分の感覚では自殺志願ぐらいに思えてしまう。

まずは大人が率先して被っていこう。それが当たり前である社会を少しづつ作っていくべきだ。本当は法律で義務化すべきなんだろうが、それが難しいというのが実に悲しい。生徒の命を預かる立場にある中学教師の友人にその話をしたことがあるが、あまり関心がないようであったし、本人もヘルメットは被りたくないらしい。なんとも情けない。

ちなみに私は自転車には一切乗りません。中学時代は片道2.5km、高校時代は片道4kmを徒歩で通学してましたよ。寝坊が多かったので朝は走ってたことの方が多かったかな(^^; 自転車が恐ろしい乗り物である以上、正しい選択だったと思います。

道を歩いたり走ったりする以上は、乗り物を使っても使わなくても事故の危険は常にありますが、しかしやはり徒歩が一番安全であると私は思っています。

実際のところ、少々の不便を我慢すれば、自転車も自動車も使わなくても良い場面は多いのですよ。どっちも怖い乗り物なので、使用は必要最小限にしていきたいものです。

2010.05.29

アンパンマンは実在する!

アンパンマン・マーチのフルバージョン。まずはぜひこれを通して聞いてみて欲しい。これは決して子供向けの歌ではない。作詩家でありアンパンマンの作者でもあるやなせたかしさんは自身も戦地に赴いた身であるし、弟さんは特攻隊として戦死されたという。そういう体験を背景に生み出されたのが、このアンパンマン・マーチだ。アンパンマン・マーチに使われている言葉は全て、やなせたかしさんとその弟さんとの間で交わされたものだったという。

そう思うとこの映像も、なんとも恐ろしいものがある。この映像には花火が多用されている。花火は美しいものではあるが、それだけではない。花火はいわば戦火の象徴であり、戦争を忘れないという、鎮魂の意味が込められている。日本各地で夏に開催される華やかな花火大会の多くには、二次大戦での戦死者への慰霊という目的があるのだ。

この映像では、花火の中を編隊を組んで飛ぶアンパンマン達の姿が、対空砲火をかいくぐって飛ぶ軍用機の姿とかぶる。しかし、戦争では軍用機は命を賭して爆弾を運んだが、アンパンマンは食料を運んでいる。たとえ食料を与えた結果、自身が危機に陥ることになっても。

アンパンマンに込められた平和への願い。「食足世平」という言葉が連想される。これは、

アンパンマンは実在する!

2010.03.23

「千の風」問題に見る Twitter の怖さ・・・

数日前、Twitter 上に以下のような文がパッと広まった。

新井満『千の風になって』の背後には、こんなことがあったのか。本当なら許されないことだよなあ。http://blog.greetings.jp/?eid=98

軽く調べてみた限りでは、どうも 館 淳一 (@jun1_tate) 氏の発言 (※この人物の職業柄、背景画像が凄いので注意!) を、いしかわじゅん (@ishikawajun) 氏がRT (再送信) した結果、パッと広まったようだ。(3/24追記) ジャーナリストの佐々木俊尚 (@sasakitoshinao) 氏なんかも、南風椎氏に同調的と解釈できるコメントと共に、この連鎖に加わっている。(3/24追記はここまで)

この Twitter 上でパッと広まったつぶやきのリンク先のブログ記事の内容は、個人的には、中立性を全く欠いた愚文であると思っている。私が考える主な問題点は、以下の3点だ:

「千の風」問題に見る Twitter の怖さ・・・

2010.03.12

「千の風」問題。新井満氏は酷いが南風椎氏の主張もまた変...

Twitter でも話題にのぼっていたが、「千の風」の翻訳をめぐって、南風椎氏が新井満氏を叫弾している。南風椎氏は、英語詩 "Do not stand at my grave and weep" (もしくは "A thousand winds") を、『1000の風』という邦題で初めて日本語訳し、書籍化した方だ。この詩が書籍化されたのは、南風椎氏のものが日本初というだけでなくおそらく世界初なのだという。

"Do not stand at my grave and weep" の翻訳としては後発である新井満氏の『千の風になって』が有名だけど、新井満氏の訳は一種の超訳であり、対する南風椎氏のものは出来る限り素直な直訳という形になっている。

このように原詩が同じでも翻訳形態がまるっきり異なるわけだが、南風椎氏が言うには、新井満氏の翻訳は南風椎氏の翻訳のパクリなのだという・・・。

南風椎の「森の日記」より:

「1000の風」が「千の風」になっているだけ。あとは、ぼくの訳詩の言葉の順番を変えたり、省略したりしているだけの詩に思えた。

私は当ブログで『「千の風になって」原詩の原詩 (A hidden message in Do not stand at my grave and weep)』として、"Do not stand at my grave and weep" の作者と言われているメアリー・フライさんのバージョンを紹介させて頂いていることもあり、この件に関してコメントさせて頂きたいと思う。

ちなみに、メアリー・フライさんのバージョンを紹介している国内ウェブページとしてはオーママミアさんの『「千の風になって」の詩の原作者について』がおそらく最も知られている思われ、公開時期も私の記事より先行している。

新井満『千の風になって』は南風椎『1000の風』のパクリ!?

「千の風」問題。新井満氏は酷いが南風椎氏の主張もまた変...